沖縄で公式戦

横浜は2010年6月29日・6月30日の2日間、同年全面改築が竣工した那覇市営奥武山野球場沖縄セルラースタジアム那覇)で対東京ヤクルトスワローズ2連戦を主催開催した。横浜は大洋ホエールズ時代の1975年5月17日・5月18日、改築前の県営奥武山野球場(当時)で対広島東洋カープ2連戦を主催開催したが、沖縄県ではこの試合以来、実に35年ぶりのプロ野球公式戦となった。またこの2試合は、沖縄県でのプロ野球一軍公式戦としては史上初のナイター(19時開始)となった。


明大五人衆
1956年に明治大学から秋山登土井淳・岩岡保宏・黒木弘重・沖山光利の5名が入団。同一校の選手が同一球団へ同時に5名も入団するケースは極めて珍しく、彼らは「明大五人衆」と呼ばれ注目を集めた。

横浜大洋銀行
横浜大洋ホエールズに対しては1980年代、本拠地・横浜を主な営業エリアとする横浜銀行や、当時存在した太陽神戸銀行(現在の三井住友銀行)をもじった「横浜大洋銀行」という呼び名が付けられていた。これは当時長年にわたって低迷し、毎年のように他球団に勝利を配給し続けてきた様を、勝敗数や勝率を預金や融資になぞらえて揶揄したもので、この不名誉な呼び名はいつしか定着してしまった。他球団のファンが大洋や大洋ファンを嘲る際のみならず、大洋ファンも自嘲の念を込めて使用し、特に連敗が込んだ時や、テレビでの露出機会が多い巨人戦の対戦成績が著しく悪いシーズンにはマスメディアでも頻繁に使用された。1993年から球団名が横浜ベイスターズに改称されてからは「横浜銀行」と呼ばれるケースが多いが、実際には球団と同行の間には直接的な関係はない。詳細は横浜銀行#その他を参照のこと。蛇足だが、ベイスターズのオフィシャルグッズショップ「ザ・ベイスターズ」のレジでは一時期、横浜銀行が得意先に配布していたノベルティのロゴ入り金銭皿を使用していたことがある。巨人戦に連敗し続けたあるシーズン、横浜が久々に巨人戦で勝利を挙げた夜には、当時テレビ朝日系『ニュースステーション』で放送されていた名物企画「プロ野球1分勝負」で、同カードの結果を報じるVTRに「今後の融資はお断りいたします」というオチを付けた程であった。

1990年以降は巨人戦で好成績をマークしたり、とりわけ1998年には38年ぶりのリーグ優勝を飾るなど、過去にはその汚名を返上したシーズンもあったが、2000年代で読売ジャイアンツに勝ち越ししたシーズンは2005年の1回のみ。これは2000年のみ勝ち越しのヤクルトと並ぶ。2006年以降は巨人を相手に4年連続で負け越しているほか、2008年終盤には巨人と優勝争いを繰り広げた阪神を相手に6連勝するも、対する巨人には7連敗を喫し、これが結果として間接的な「優勝へのアシスト」になってしまったことなどから、一部マスコミからはヤクルトとともに「関東軍」とも呼ばれている。

スーパーカートリオ
高木豊加藤博一屋鋪要の俊足打者3名を指す。近藤貞雄監督時代の1985年に彼ら3人を打順の1-3番に並べ、「スーパーカートリオ」と命名された。この年の3人の盗塁数は、高木42盗塁、加藤48盗塁、屋敷58盗塁、合計148盗塁だった(高木は前年盗塁王、屋敷は翌年から3年連続盗塁王)。後に加藤の代わりに高橋雅裕を加えたニュースーパーカートリオが結成された。2006年7月16日の横浜-広島戦のイベントで、広島の川口和久-達川光男のバッテリーと打者・田代富雄と共に一回限りの復活がなされた。結果は高木・二盗死、加藤・牽制死、屋鋪・二盗成功。

花の44年組
チーム名がホエールズからベイスターズに変わる1993年頃、昭和44年(1969年)(昭和45年の早生まれの者も含まれるので、正確には昭和44年度)生まれの選手が多数一軍で活躍した事から呼ばれた言葉。具体的には、斎藤隆野村弘樹島田直也五十嵐英樹・有働克也・盛田幸妃進藤達哉など。彼らは当時24〜5歳の若手であり、数年後の日本一達成時にも、移籍した有働と盛田以外は全員が主力として活躍した。現在、斎藤以外は全員現役を退いたが、野村がコーチとして、有働が打撃投手として、進藤がスカウトとして、盛田が球団職員としてそれぞれ横浜に在籍している。翌年の昭和45年生まれも谷繁元信石井琢朗波留敏夫佐伯貴弘井上純と当たり年であった。98年の日本一を達成できたのはこの昭和44,45年組の「黄金世代」といえる選手たちの働きが大きかったと言える。

マシンガン打線
ベイスターズ打線の代名詞。長打力はないものの、連打でたたみかける途切れのない打線を形容して命名され、1998年の優勝時にベイスターズ打線の愛称として定着した。基本的なオーダーは、石井琢朗-波留敏夫-鈴木尚典-ロバート・ローズ-駒田徳広-佐伯貴弘中根仁)-進藤達哉-谷繁元信-投手の順である。

クアトロK
横浜の4人の救援陣(木塚敦志加藤武治川村丈夫マーク・クルーン)を指す。4人の頭文字の「K」とイタリア語で4を意味する「クア(ワ)トロ」から。