ベイスターズの様々な歴史

ユニフォームスポンサー
いずれもホームゲーム用。太字斜線は現在掲出中のスポンサー。
左胸[編集]2008年〜ノジマ
袖部分[編集]2005年・2006年TBS(東京放送。ジ〜ンマーク入り)
2007年アサヒ飲料「アサヒ富士山のバナジウム天然水」
ズボン[編集]2007年TBS(ジ〜ンマーク入り)
2008年マイナビ毎日コミュニケーションズ
2009年TBS(TBSテレビ〔同年4月より旧東京放送からTBSの略称を引き継ぐ〕。ブーブとピンクリボン活動とのコラボレーション)
ヘルメット[編集]2007年〜2008年、2010年リスト
2009年TBS、開国博Y150
歴代本拠地[編集]1950年-1952年下関球場
1953年-1954年大阪球場
※本来は旧松竹ロビンスの本拠地衣笠球場と旧大洋ホエールズの本拠地下関球場のダブルフランチャイズだったが、実質的には旧松竹の準本拠地とされていた大阪球場の方が集客能力が高いということで、使用頻度が多くなった。
1955年-1977年川崎球場
1978年-横浜スタジアム
歴代監督[編集]1950年:渡辺大陸
1951年:中島治康
1951年:有馬義一
1952年-1953年:小西得郎※1
1954年:永沢武夫
1955年:藤井勇※2
1956年-1958年:迫畑正巳
1959年:森茂雄
1960年-1967年:三原脩
1968年-1972年:別当薫(第1次)※3
1973年:青田昇
1974年:宮崎剛
1975年-1976年:秋山登
1977年-1979年:別当薫(第2次)※4
1980年-1981年:土井淳※5
1982年-1984年:関根潤三
1985年-1986年:近藤貞雄
1987年-1989年:古葉竹識
1990年-1992年:須藤豊
1992年:江尻亮
1993年-1995年:近藤昭仁※6
1996年-1997年:大矢明彦(第1次)
1998年-2000年:権藤博
2001年-2002年:森祇晶※7
2003年-2004年:山下大輔
2005年-2006年:牛島和彦
2007年-2009年:大矢明彦(第2次)※8
2010年-:尾花高夫
※太字は優勝達成監督

※11953年から松竹ロビンスと合併し大洋松竹ロビンス
※2ここから大洋ホエールズ(第2次)
※31972年は8月30日まで指揮、残り試合は青田昇と宮崎剛が代行
※4ここから横浜大洋ホエールズ
※51981年は9月24日まで指揮、残り試合は山根俊英が代行
※6ここから横浜ベイスターズ
※72002年は9月25日まで指揮、残り試合は黒江透修が代行
※82009年は5月17日まで指揮、残り試合は田代富雄が代行

歴代オーナー
中部謙市(1950年-1953年)
中部謙吉(1953年-1977年)
中部新次郎(1977年-1990年)
中部慶次郎(1990年-2001年)
砂原幸雄(2001年-2004年)
若林貴世志(2004年-)

永久欠番
球団の永久欠番は次の通り。
100-球団に対して貢献のある著名人(複数)横浜ベイスターズでは、通算2000本安打、通算200勝、250セーブを記録した選手に対し、球団より貢献者として顕彰される。各人物は、横浜スタジアムの外野フェンス右翼部分にレリーフを飾り顕彰している。現在の対象者は以下の通り。
25-松原誠(一塁手
27-平松政次(投手)
10-駒田徳広一塁手
22-佐々木主浩(投手)
5-石井琢朗(遊撃手)

球団歌・応援歌
熱き星たちよ(球団歌)
勝利の輝き(応援歌)
湘南シーレックス
若き王者たち(公式ソング)
SearexHorizon(公式テーマ)
過去に使用された球団歌・応援歌[編集]大洋・横浜大洋時代
行くぞ大洋(球団歌)(歌:三鷹淳とチャッピーズ)
勝利花(応援歌)(歌:三鷹淳とチャッピーズ)
横浜時代
横浜BoyStyle(イメージソング)(歌:CoCo)
WINNING(応援歌)(歌:CoCo)
『横浜BoyStyle』のカップリング曲。コーラスには当時現役だった佐々木主浩盛田幸妃野村弘樹谷繁元信進藤達哉石井琢朗の6選手が参加していた。CoCoの解散や選手の退団・移籍が重なり公式では使われなくなったが、2009年現在も応援団が使用しているのが確認されている。BEAHERO(公式ソング)(歌:クレイジーケンバンドfeat.小野瀬雅生)※2006年まで

主なキャンプ地
山口県・下関球場:1950、1952
兵庫県神戸銀行グラウンド:1951
兵庫県明石球場:1953、1960-1961
長崎県・大橋球場:1954
鹿児島県・鴨池球場:1955、1957-1958
千葉県・銚子球場:1956、1962
岡山県・岡山球場:1956
静岡県・三保東海大グラウンド:1959-1961
愛媛県・松山球場:1959
静岡県・島田球場:1972-1973
静岡市草薙球場:1963-1971、1974-1979、1981-1986の1軍キャンプ、(1981・1987-1989の2軍キャンプ)、他
アリゾナ州メサ市・ホホカム球場[37]:1980-1981の1軍キャンプ
宜野湾市宜野湾市立野球場:1987-
神奈川県・横浜ベイスターズ総合練習場:1990-
沖縄県嘉手納町野球場:湘南シーレックス
鹿児島県・名瀬運動公園野球場:2010秋季(プロ野球初の奄美大島でのキャンプとなる)
主なエピソード
セ・リーグ最長
イニング記録
1952年9月7日の対松竹ロビンス戦(京都市西京極総合運動公園野球場)は、当時のセ・リーグ最長イニング記録である延長20回を戦い抜いたが、チームはサヨナラ負けを喫した。